▽雑な計画。




「云うのも馬鹿馬鹿しいんだけどさ」

 鬱蒼と茂った木々に囲まれた、きり立つ崖を見上げてツナは呟いた。
「ここってどこなんだろ…」
「本気で莫迦だぞ。並盛に決まってるじゃねえか」
「あ、そう…。だよね…」
 ツナは乾いた目をしてうなずいた。 
 答えたリボーンは湯に浸かっている。 
 打撃の衝撃でさっき湧いた。温泉だ。ニホンザルの親子も入りに来てる。


 おかしいよ並盛。


「そんなことより、大変だぞツナ」
 母ザルがキーキー鳴くのを聞いていたリボーンが云う。
「何がだよ。あひるセットなら持ってきてないぞ」
「アホ牛のおもちゃなんぞオレが使うか。露天なら熱燗に決まってる」
「修行しないなら帰っていい?」
 年考えろでも真っ昼間だでもイタリア人ならワインにしとけでもなく。もはや自分の身の上に関わる部分しか
ツッコまないツナだった。
「どころかスピードアップだ。ヴァリアーの連中、日本に入った」
「…は?」
「思ったより早くリングのニセモノがバレたらしいな」
 沈黙の天使がぱたぱたと飛び、子ザルがピシュウと水鉄砲を飛ばした。
 もろに顔にかぶったツナは、熱さで我にかえる。
「バレたで済むかーーっ!!」



 ツナは森を駆けていた。

「それはそうとな、ツナ」
 あの後。リボーンのお風呂のお友達情報は、続きがあって。
「隣町の白耀中に帰国子女が大量に入ってきたそうだ」
 まっすぐ立ったまま地面に倒れたツナに、容赦なく降り注ぐダメインフォメ。
「それで、あっという間に不良たちをシめてな」
「探し物してるマフィアはまず学校に潜入して支配下に置くってマニュアルがあるの?あるんだよな? あるって云って…」
 じゃなきゃ最強暗殺集団ってあの、何だっけ。スーピーくんじゃなくてそんな名前の長白髪。
 あの人が一番年上なの?年上だよな?年上って云って。
「せめて高校にしてくれよう…」
 めそめそ泣くツナにリボーンはさも感心したように、
「よく敵がソイツらだって判るな」
「関係なかったら驚くわ!!」
「ところでこの山を越えると、すぐ隣町だ。黒曜とはちょうど逆」
「……………へー」
「白耀中は麓にあるらしいぞ。こっからだと、獄寺たちのがまだ近いな」
「わー!獄寺くんーっ!?」
 派手な爆発音を出しまくって修行しているはずの自称右腕を呼びながら、駆け出したツナなのだった。


 そして、お約束を呼び寄せてみたり。

 よく考えればシャマルついてるんじゃん、と浅はかな自分を心から悔いる。
 悔やみたくもなる。

 光さしこむ木立の中。
 長身ヘヴィ級の外国人と、ばったり遭遇してしまったら。

 服の上からも判る、堅そうな筋肉を持った男だ。
 擬音を『むっつり』と書きこみたくなる頑なな唇。剣呑な眼差し。
 髪から下がるお茶目な羽根飾りもチャームポイントにはならなくて、戦った首狩り族が髑髏に付けてたアクセサリーの
戦利品、とか云われたほうがしっくりきそうだ。
 顔が傷だらけで、誰か思い出すと思ったらランチアだった。
 ランチアさん元気でいてくれるのかな。
 ホロリ、こぼれそうな弱気をしっしと追い払う。そんな場合ではないのだ。
 だってさあ。
 さっきリボーンからあんな情報もらったばかりで、場所はよりにもよってココで。
 生粋マフィアな彼を思い起こさせる、ナリと雰囲気のアナタはだあれ。
 てなもんだ。
 ついでに云うならにっこり笑って「助けに来てくれたんですネ☆」な既視感も覚えたんだけどこの状況。
 とどめは、つーか許せないのは!

「制服着んなよ!」
「はぁ?」
「いや条件反射です指差してごめんなさいオレもう行くんで、サヨナラ通りすがりの見知らぬ方っ!!」

 方向転換ダーッシュ。
 ………出来なかった。

「うひえええ!放してくださーい!」
 がっちりつかまれた後ろ襟首をぶんぶん振るツナに、男はしばらく目を当てていた。まるで当然のようにびくともしない。
「オレはただの通行人Aですっ」
「帰り道」
「Aだってのに!吊り下げんなー!どいつもこいつも片手一本で、オレだって育ち盛りでそこまで軽くないつもり…ふへ?」
 文句を聞いたのかそうでないのか、表情が無さすぎて不明だったが。
「道が判らん」
 手を放した拍子に地面におち、尻餅をついたツナを見据えながら男が云った。
 最強暗殺集団?
 あまりのことに、ツナは硬直した。



 ちょっと開けたところに出たら麓がのぞき建物が見えた。
「あれじゃないですか…?学校っぽいし」
「ああ」
 男は特に感慨を見せなかった。これで見せられたら今度こそ逃げるけど。別の意味で。
「じゃーオレ、戻りますんで」

 方向転換方向転換。

出来やしない。

「あのぅー」
 泣きたくなってきた。
「まだ遠目だ。視界を外れて見失うかもしれん」
「そ、そこまで遠くないんじゃないかな」
「この国の木」
 いちいち細切れに喋るヒトであった。片言の日本語というにはスムーズなんだが。
「どれも同じようだ」
 景色が判りづらいって言いたいんだろう。
「そういうことにしときます…」
 ついつい言い分を取り入れてしまう、こんな見透かす力いらない。てゆっかブラッドオブボンゴレがもういらない。
 思いながら、うなだれるツナは足を踏み出す。
「行くぞ」
「へーい…」
 スピルバーグじゃなくてすぐ割ろうじゃなくて、たしかそんな名前の人がこの同僚?探しに来たりしませんように。
「…そう云えば、アナタなんて名前なんですか?」
 向けられた鋭い眼にのけぞりそうになるが、驚きのような波動も感じとったので堪えた。
「あ、オレは……………ツナです」
 そういや知られてる可能性もあるんだってのに。この墓穴ばかオレ。
 内心冷や汗たらしつつ堪えていたら、目線を前にもどし、男が云う。
「XANXUS」
「ざんざすさん?」
 うわ云いにくー。
「違う。ザンザス」
「ザ、ザムザザー…」
「ぜんぜん違う」
「えー?そーかなあ」


 そんなふうに連れ立つ二人を、やはり二つの影が見ていた。
 何だか涙ぐみながら大きい影が訊く。
「リボーンよぅ。本当にアレで時間稼ぎすんのか」
「仕方ねえ。正面きって戦うのはちょっと早すぎるだろ」
 リボーンはいささか鬱陶しそうに家光を見あげた。
「なにベソかいてやがる」
「おとーさんは可愛い息子が大人になりすぎるんじゃないかって不安でブロークンハート…」
「だから仕方ねえっつってんだ」
 リボーンはきっぱりと断言した。
「アイツは手のかかる生徒だが、奇人変人を誑しこむ才能だけは天性だからな」

 それでいいのかボンゴレファミリー。

「奈々に似てるからな!」
 胸を張った家光だが、一瞬でしぼむ。
「ツナぁ…」
 リボーンは沢田父の肩に乗っかって、頭をぽんと叩いてやった。
 変態に好かれる才能と云わないだけ、これで配慮なのかもしれなかった。


えんど。




   一目惚れでもいいんじゃね?