直径1センチ程度の円盤を慎重に取り上げる。
 技を完成させるための要として渡された、コンタクト・ディスプレイという名前の表示装置だ。使用法はその名の通りコンタクトと同じである。
「技術が信頼できるのとそのヒトが信用出来るのはぜんっぜん違いますよ!」
 通信機からはまだジャンニーニの不平が零れていたが、賛同者がいなかった…かに思えたが。
「じゃ、嵌めてみて」
「えっ」
 云われてツナが頬を引きつらせた。スパナはコンタクトに落としていた目を上げる。
 ここまで来て意外な反応である。拍子抜けするくらい素直に説明を受け容れていただけに、よけい引っかかる。
「機能に不満?」
 自らの腕に満腔の自信を持つスパナにとって、そんな問いかけは大サービスだった。他人の面倒を見ることじたい異例だ。不満など抱いてないで、ボンゴレ十代目はそこの所を胸に刻みつけるべきである―――
「ん?予想外の思考パターン」
 自己分析ルーチンを始めかけたスパナを見上げ、心もとない顔のツナが告白した。
「機能じゃなくて…オレ、コンタクトなんてしたことないし…」
「…あ、そう」
「め、目に直接付けるんでしょっ?痛くなんない…?」
「コンタクトごときでだらしねえ。つべこべ云わず付けやがれ」
「わ、判ったよ!判ったって!」
 スパナが言葉を探すまでもなく、ホログラムの家庭教師が銃に物を言わせた。
 ひーとかうーとか唸りながら、ようやく指が瞼に近づく。
「…ボンゴレ。目を瞑ってたら嵌まらないと思う」
「あ」
 ちょっとした間違い、慣れてないから、とへらへら笑って。再び指が、
「ふーるーえーるー!」
「───おい」
「ワザとじゃないんだっ」
 家庭教師の声が不穏になったので、何だかじっくり眺めてしまったスパナも我に返った。
「貸せ。ウチがやる」
 手袋を脱ぎ装置を取り上げると、情けなさそうな顔がそれでも大人しく彼に顔を向ける。上向いたべっこう飴色の瞳がきらめいていた。
「涙目になってるから苦労しないでくっつくはずだけど」
「…ツナ」
「ちち違うから、ちょっと興奮したからだって!」
 ため息まじりの咎声に慌てて振られる首。つまんだコンタクトを顔に寄せていたスパナはうっとうしげにそれを押さえた。
「動くな」
 掌で頬を固定されたツナがうっひぃと妙な声を立てる。ついでにまたしても瞼を閉じてしまった。
 文句を言いかけるスパナの口が止まる。
 掌におさまっているのが、閉じた目と細かく震える唇と小作りな顎だけでないことを不意に悟ったためである。一方で、コンタクトを抓んだ手の残り指でキャンディ棒を挟み取ったのは無意識だった。
「ん…っ…!?」
 喉に絡んだような声が漏れる。くっついている唇、包んだ頬、どちらもびくりとなった。スパナが瞼を上げれば、大きく見開いた眼が至近距離でフリーズしていた。目が合って呪縛は解ける。尻餅をついたのはツナだった。
「なななななにやってんですかアンタ」
「ん。ああ。つい」
「ついって、ついって!!?」
「つい…」
 飴を銜えなおし、スパナはうーんと首を捻った。さっきまではちゃんと甘かった飴は今、あまりそう感じなかった。
「あったかかったから?」
「何だそれぇ………」
 泣きべそかいたボンゴレ十代目が項垂れ、テメエらいい加減真面目にやれ、とに強い口調のホログラムに怒られた。
 新技完成の道のりは遠い。