にょたヒバツナ。



 まろやかな盛り上がり。
 白く眩しい肌がつくる谷間。
 なかばをレースに覆われたみずみずしい果実に、無礼に張りついた手のひらがある。
 お世辞にもその実にふさわしいとは云えない、ぎこちない動きの小さめの手。
「やっ…やめて下さい…」
 切れ切れに、恥じらいの悲鳴があがる。
 たいそう哀れに掠れ、慈悲を乞うていた。
「お願いですから、もう…!」
「駄目」
 柔らかな膨らみを揉むように動かしながら、冷酷な声がばっさりと切り捨てる。
「まだだよ全然。触ってるだけじゃない」
「そんなこと…!」
 上ずった声は、『だけ』以上の仕打ちを想像して脅えきる。
「限界です、オレ、ほんとにもう…ゆるしてっ」
 ぴるぴる震えて上目づかいに恐れる姿には、きっと99パーセントの人間がほだされる。
 1パーセントである雲雀は、舌打ちして綱吉を睨みつけた。
「まだ乳首にも触ってないのに」
「ちく…っ・・・」
 赤くなり青くなりしていた綱吉の顔は、とうとうアルファベット『O』で書けるものと化した。

「おおお女の子が、堂々とそんなこと言っちゃダメでしょー!!」

 叫ぶどさくさ、綱吉は手を奪いかえした。
 雲雀によって上から掴まれ、彼女自身のバストに奉仕(…!)を強要されていた、哀れな手だった。

「ボタン!ブラウスのボタンも戻してくださいっ」
「目の保養だろ。何の不満があるって云うのさ」
「こんなところで襟広げないでー!!だいたいふ、風紀委員長がこんなとこで!こんな真似!」
「はあ?」
 いまさら、だった。
 ここは天下の渡り廊下。さきほどから…綱吉が散らされる蕾みたいな声を上げている時から、
不運にも通りかかってしまった一般生徒が回れ右したり死に物狂いに駆け抜けていったり、
すでに目撃者はえらい数だろう。
 それでも誰も何も言わないし、言えやしない。
 風紀委員長、雲雀恭子はそういう存在なのだ。
 だから彼女はそう云った。
「誰も文句つけやしないよ」
「そうだろうけど、そうじゃなくてっ」
 風紀うんぬんは口が滑ったとして、学生が学び舎でする行為(…!!)ではなく。
 往来でする真似でもなく。
 ましてや女性の雲雀がするような、綱吉が言いたいのはそういうことじゃないか。
 普通の人なら判ってくれる常識を訴えるのにひとつもふたつもみっつも苦労する自分の運命が、
綱吉は恨めしい。
「だから女の…」
 女の子が。
 ついつい目が、ほかならぬ女性の象徴…豊かな膨らみに落ちた。
 申しぶんない大きさと形を誇る、オトコのロマン具現物。
 我が校の自称女性鑑定家である保険医も大絶賛のばすとだ。
 綱吉は――――
 死ぬほど苦手だった。
 苦手にさせられたのだ。目の前の相手によって。
 雲雀が機会あるごとに触らせようとするから。
 触るだけじゃなく、口で云えないようなことをさせようとするから…。
 それに何より…柔らかい、のだ。
 ソレがそういうものなのか、雲雀が特別なのか。他には知らない綱吉には判らないけれど…
 ふかっとしてふにゃっとしてくにゃっとしてぐにっと――――とにかく!!

 き、きもちがわるい…。

 女の子の胸に縁のない男どもどころか女子諸君にも大ひんしゅくを買うだろうが、綱吉の感想はそれだ。
 だって……だって、千切れないのか?
 どっしりしっかり詰まってそうなのにあんな柔らかくて。ちょっと触っただけでも指が沈んでしまう。
 広げた掌のすきまからあふれた盛り上がりがそのまま滴り落ちるんじゃないかなんて。
 あらぬ想像で恐ろしくなる。
 まして本人が言うように、揉んだりこねたり包んだり(…!!!)したら。
 熟れた桃みたいにもげるんじゃあ…!?
 考えるだに青くなる。
 ゆえに、機会を作らないように頑張っていたら、このたび待ち伏せされて襲われたというわけである…
 綱吉が男で雲雀が女だったり、シチュエーション的に何かおかしいはずだがこれで事実だ。仕方ない。
「ちょっと触るだけじゃない」
 ちょっとで済まさない本人は、ちょっとも耐えがたくなりつつある綱吉に云う。
「いつまでたってもそんな調子で、いつ僕を気持ち良くできるの」
「キモチヨク…!」
「あえがせるなんて夢のまた夢だよ」
「アエガセル…!?」
 ぽんぽん飛び出すアダルト発言。

 神様!
 オレは一生コドモで居たいです!

 そのとき綱吉は、本気で願った…。

 黙ってしまった綱吉の顔を、雲雀が覗きこむ。
「綱吉?」
 身をかがめて。
 ブラウスの隙間から、眩しい白い谷間が覗けて……
「〜〜〜△□○△っ〜〜!!!」
 声にならない雄たけびを上げ、綱吉は走って逃げた。
 死ぬ気のスタートダッシュだった。さしもの雲雀も見逃しの見送りだ。
「………」
 雲雀はきつく唇を結び、固めた拳を柱に叩きつける。コンクリがひび割れた。
 ちょうどその瞬間に居合わせ立ちすくむ、アンラッキーな生徒たちに鋼の一瞥をやる。
「じろじろ見てるんじゃないよ。殺されたいの」
 たちまち、廊下は無人になった。

 ふん。

 踵をかえし、肩で風きって歩き出す。

 風紀委員というより古えのスケ番みたいな雲雀恭子であった――。



 △▼△

 ノックするのは、かなり躊躇した。

『ようツナ!オレだオレ。今どこにいると思う?』
 休み時間に携帯に掛けてきた兄貴分は、応接室に来いよと気軽に云った。用事のついでだから、
すぐ行ってしまうんだと。
 応接室と言えば雲雀の縄張り。
 ディーノは彼女の師匠であり(弟子は認めてないが。)、そこで待ち合わせなんてやらかす数少ない
人間なんである。
 断れなくて来たはいいものの、雲雀がいたらどうなるだろう。
「ツナか?入れよ」
 …と迷ううちに、扉の向こうから呼ばれてしまった。
 さすがディーノさん、鋭いんだなぁ。
 憧れで恐れをねじ伏せて部屋に入った。ディーノはソファの真ん中に腰かけていたが、他に人影はない。
「どした?気の抜けた顔して」
「え…あ、いえ…」
 兄貴分はにっと笑った。
「恭子がいなくて残念だったか?」
「違いますよっっ!」
 やけに語気が強くなってしまった。自分の声に驚いて綱吉は目を見開いた。
 ディーノも豪奢な睫毛をぱちぱちと上下させたが、顎をしゃくっておかしな間を打ち消した。
「ま、座れよツナ」
「オレ…」
「いいからいいから」
 子供がするように手招きする。大らかな笑顔に綱吉は弱い。
 正面に腰掛けると、ディーノは時間を無駄にしなかった。
「リボーンも気に掛けてたけどな。恭子と仲良くやってるか?」
「…そういう用なんですか?」
 む、と綱吉は口をとがらす。
「ディーノさんまで、止めて下さい。アイツのいうことは酷いんです。強いあ、愛人が居るのは良い事じゃねえか、
 とか! すぐ全部そういう方向に持ってくのもアレなのに、雲雀さんとオレ、そんなつもりで別にっ…!」
 頬を赤くして訴える綱吉を、注意深くディーノが見つめる。少年らしい嫌悪感を見て取ると、我が意を得たように
頷いた。
「そういうつもりなら話もしやすいんだ」
「話?」
 いましてるのは違うのか。意味がつかみがたい。
「ファミリー抜きならな、ツナ。おまえは可愛い弟分だが、アイツも大事な弟子だ。だから訊きたいんだよ。
おまえ、アイツをどうしたい?」
 質問の意味がまだわからない。綱吉は首をひねるように黙っていたが、
「聞いたぜ。熱烈なアプローチにもおよび腰なんだってな。あんないい胸してるのにもったいねえ」
「どうしてそんな事まで詳しいんですか…」
 げんなりしつつも赤くなる。色んな意味で恥ずかしい。
「師匠だからだ」
 ディーノが胸を張った。
 後輩大好きな彼は、その新しい肩書きがお気に入りなのだった。
「恭子イイ女じゃねえか。容姿も気っ風も頭の回転も抜群だからな。それに何よりオレの教え子だ!ツナだって
 満足だろ?」
 …そして、兄ばかな面があるのと同じように師ばかでもあった。
 だが、今日はすぐさま表情が引き締められ。
「だからなあ…どっちつかずでいるのはヤツに残酷ってもんだ。その気がないなら突っぱねるのも優しさだぜ?」
「突っぱねる…?」
「きっぱり別れろって事さ」
 さらりと告げられたのに、厳しさの見え隠れする口調だった。
 沈黙が室内を満たす。
 綱吉は呆然として動かなかった。

 別れる。

 雲雀さんと…。

「……………オレ、」
 綱吉の口がゆっくりと開く。
「ん?」
 促すことなく見守っていたディーノが、わずかに身を乗り出した。

「―――――付き合ってません」

 ディーノはぽかんと口をあけた。
「な?」
「だからっ、付き合ってませんって!別れる以前にっ」
 一点の曇りもない、綱吉の主張であった……。

 そうだ。お付き合いというのは、嬉しはずかし告白なんかしちゃったりして。

 お互いそうしましょうとめでたく合意し、『かっぷる』なる関係に至るものだ。

 雲雀と綱吉の間にどれか一つでもあったかというと、これが見事にひとっつもない。

「オレと雲雀さんは」
 めこっ。

 異様な音を耳にして、綱吉の台詞が止まった。
 嫌な予感と共に腰を浮かせて出入り口を見返る。
「ヒ…」
 いつの間に開けたのか、いつから居たのか。開いた扉を押さえるように立っている雲雀が。
 異音は、その手の下で化粧版に穴を開けた指のたてたものだった。
「……あー。あのな、恭…」
 ばきり。
 むしり取られた扉の破片が、ぱらぱらと床に落ちた。
 ディーノも思わず呼びかけを止める、シュールな光景であった。
 しばらく誰も何も言わなかった。
「…あ」
 もっとも判りやすい、暴力の予感に戦慄していた綱吉は、踵をかえした雲雀に声を洩らす。
 背中はそのまま。
 壁の向こうに消えてしまった。
 おぼつかない動きで、綱吉は立ち上がった。
 ほっとするべきなのに。
 追わなきゃならないような気がする。


 何も云わずに追いかけていった綱吉を見送って、ディーノは首を曲げ。
「アオるつもりだったんだが、逆効果になっちまったか…?」」
 これまたいつの間に来たのか、戸棚に座っているリボーンを振りあおぐ。
「おまえのひと肌脱ぐぜ、が直球なのは良く判ったぞ」
「なんで!十分だろ?思春期前のウブなツナが、オレの教え子の魅力に気付きさえすりゃあ!」
 ディーノは本気である。
「その師弟愛がヒバリに伝わってればいいけどな。…ボンゴレ幹部候補にキャバッローネのボスが殺されたら
 体裁が悪ぃぜ」
 平坦な声はけっこう本気だったので、ディーノの苦笑が引きつった。
「怖いこと云うなよリボーン…」


 応接室を出て、左右きょろきょろ見渡した。
 雲雀の姿はすでにない。
 廊下を急ぐ、角を曲がる。開いた窓の下までも見る。
 いない。
 なんだか泣きそうな気分だ。焦りがつのって綱吉は唇を噛んだ。
 ヒバリさんはこれよりもっと、こんな気分じゃないかって。

 まさか。雲雀恭子が?

 心臓のあたりで呆れた声はする。それはそうだ。
 『雲雀』の、焦るところも泣くところも思い浮かべることさえ出来はしない。
 強く雄々しく(女のコなのに!)猛々しい。凛とした風情ばかりが浮かんでくる。
 こんな弱くあやふやで揺れて不安な、そんな気持ちは知らないだろう。
 途方にくれてどうしたらいいか判らず涙がにじむような。怖さといっていい気持ち。
 そんなはず無いけれど。
 やたらそう思えて仕方ないんだ。

「ツナ」
「山本?」
 足を速めたところで、ばったり山本に会った。彼はにっかり笑うと、
「ちょうど良かった。一緒に戻っか? 教材忘れたから取ってきてくれって云われちまったよ」
 軽く親指をあげた先には職員室がある。
「あ、そっか授業…」
 きれいに頭から抜けていたが、もう次の時限が始まっているのだ。
 雲雀がいないなら戻って受けるべきで。でも何だろう、ひどく焦燥が。
 心臓の、内側が蹴飛ばされるんだ。はやくはやく。はやくしなければ。
「出席取ってツナいないこと訊かれたけどさ、応接室に呼び出しかかったって伝えたら、いきなり授業が始まったぜ」
 応接室が誰の縄張りか知らない人間は並盛にいない。
 一瞬の迷いは、山本のおかげで無くなった。
「でもヒバリ一緒じゃなかったのか? なんか男ばっか大所帯に囲まれてひとけの無いほう歩いてったけど――」
「大所帯って…風紀じゃなく?」
「学ランはいねーで面子はまちまち。でも、んー」
 どこがどうとは云えないが、ヤな雰囲気だったな。動物的な勘はいい山本にそう云われると青くなる。
「それどっち!?」


「…一番ヤバい雰囲気だったのはヒバリだけどなー」

 綱吉を見送ってから、思いだしたように付け加える山本だった。



△▼△


 背を向けている。
 後姿。
 毅然と、何者も寄せつけない。
 そういう佇まいの人だ。


「ヒバリさ………!!」
 駆けつけた綱吉は。
 またたく間に後悔していた。
 うわわわわわわっ!
 音を洩らさず悲鳴をあげる。
 死屍累々、惨状の中心に雲雀は立っていた。
 間違いなくそれを作りあげた本人のはずなのに、乱闘の名残が外見にはない。
 そう、いつだってそうだと思う。
 何をしていてもどこにいても、雲雀は独り『異なる』ひとだ。後ろにも隣にも当然前にも、何者も寄せ付けない。
 群れが嫌いと言い放つ彼女はその代わり、足下に他者を従える。
 だから。
(判んないよ!)
 雲雀がどういうつもりで綱吉なんかにああいう悪戯をしかけてくるのか、判らなくて。
 いや、普通なら出てくる答えは決まっているのだけど。
 こと雲雀恭子に関しては、とてもそうは信じられない。
『アイツをどうしたい?』
 雲雀こそ綱吉をどうしたいのか。
(ディーノさんはヒバリさんに訊くべきだ!)
 兄弟子が苦笑しそうなこと、家庭教師が鼻で笑いそうなことを本気で考えながら、綱吉はごくりと唾を飲んだ。
 駆けつけてきたのに気づいたろうに、顔をやや俯けて立つ後姿は振り向かない。断っている。絶っている。
「―――ヒ、」
 声がかすれた。
「ヒバリ、さんっ」
 雲雀のぶら下げるトンファーの先がぴくと動いた。ぶっちゃけ怖い。
 だけど呼ぶ。
 自分も行こうと言ってくれた山本に、オレが一人で行かなくちゃならないんだと宣言したわけは何だ。
「ヒバリさんっ。こっち向いてください!」
「…なんで」
 答えがかえる。温度のない声で。
「なんで、君にそんな命令されなきゃならない?」

 答えを間違えたら、もう向き合ってくれないと思った。

「命令じゃないです…こっち、向いてほしくて」
 今度、ぴくりと動いたのは肩だ。
 不動の後姿が。綱吉の言葉で揺れる。
「なんで。いまさら――」
 震える。
 それを見れば理解する。この人のこと、信じられないなどと頭から思いこんでいた間違い。
 寄せつけないって。決め付けてただろう。
「いまさらでもないです」
 いまさらじゃないと云って欲しい。云ってあげたい。
 だって、言葉が届いている。
 それに多分。
「オレたち―――最初もまだでしょう?」
 ……振り返ってくれた。
 綱吉はほっとしてもう一歩、近づく。
「ヒバリさん、いろいろすっ飛ばしてますよ。オレ…まだホントは半信半疑なんですけど、だって、オレのヒバリさんは
 そういう人じゃないから…」
「君の?」
 雲雀の目がふと眇められ、綱吉はおかしな物言いになったのを慌てる。
 オレの考えてたヒバリさんはそういう感情と縁の無いって意味なんだけど、略しすぎて怒ったかな。
 崩れるのか、案じた肩と、正反対に強くひかり放つ瞳に射られた。
 印象強い人であるとは知ってる。(きっと誰もが。)比べて自分は薄いもんだろうと。
 そんな人がそんな自分に目を留めるとしたら、彼女の認める家庭教師あってのもので、さいきんは不本意な師匠でも
あって…そういうのも厭だった。
 だったら何で厭なのかということで。

 雲雀は、人の接近に気づいた獣のようにこちらの動きを待っている。
 ただ一つ狩りの余韻に乱れた襟もとは広く白く、綱吉を落ち着かなくさせる。
 どぎまぎとあさっての方を見て…それが目に入った。
「でっ!」
 ゆら、と、ゾンビのような動きが不気味である。
「ひ、ばり…」
「委員長…」
 立ち上がろうとしていたのは、鼻息荒い男子生徒たちだ。
「――ま」「――ね」
 見たところ容赦なくぶちのめされたはずなのにそれでも動く…うごめく…迫力は、なにか執念を伝える。
 それが証拠に一様に呟く言葉といったら、
「むね…」
「たにま…」
 たまに、
「くびれ…」

 ヤバすぎた。

「待って!駄目です!」
 危機感をおぼえて前に出た。雲雀を庇うように。
 雲雀が奇妙なものを見るように綱吉を見る。
 綱吉は気づかず、腕を広げた姿勢で訴えた。
「どんな目に遇ったか知らな…くとも予想は付きますけど!それを怨んで女の人に集団ぼぼぼ、」
 背後にちらっと目を動かすと、真っ赤になって口ごもり。
「暴行、なんて、最低の男ですよ!?」
「ちょっと。言いかた引っ掛かるんだけど」
 雲雀からクレームがつく。
「ここに居る奴らは咬んだことがない。今が初めて。報復なら身に覚えないよ」
「そうなんで…すか?」
 綱吉は肩ごしに彼女を見てぱちくりと瞬いた。
 想定外ではあるが、言葉はすぐに信じている。
 そんな言いわけみたいな嘘をつく人ではないし、忘れただけなら断言しないだろう。
「じゃ、何のうらみも無いヒバリさんの魅力に参ってこんな真似を!?欲望の奴隷ですかアンタたちっ」
「君たまに表現おかしいよね」
「待て、人聞きの悪いことを云うな!!」
 意外にも強く否定したのは加害者(未遂)だった。
 声は真剣で顔つきは自分たちの正しさを確信しているかのように屹然と。
 綱吉はおろか、雲雀までも話を待つ態度にさせる。
「そんな邪悪な考えじゃない俺たちは、ただ…っ!」
 そうだ、とあちこちであがる声。
「よこしまな思いは無いっ」
「ただ純粋に」

 合唱。

「「「委員長の胸に触りたいんだ…!!」」」

 いやそれは普通に駄目だろ。

 ゆるーい眼差しで、切実な気炎をあげる男共をみる綱吉。

 雲雀恭子に正当防衛が成立するパターンだ。めずらしく。
 少なくとも女性は誰しも彼女に賛同するはずだ。
 もうギタギタのグッチャグッチャにしちゃってちょうだいって。そのとき男は身をもって知るであろう。
 人がGを見る目がどんなかを。

 さしもの雲雀もあきれたらしい。
「トドメ刺そうか」
「あー…えっと…」
 切っ先あがるトンファーをどうして止められよう。

 と。

「我々とて、あんな光景を見なければ、ここまで思いつめたりしなかった…!!」
 死への道しるべにおののきながら、被害者(予定)が重ねて叫ぶ。目が綱吉に向いている。
「不可抗力だ!」
「ソイツなどに、うらやまいかがわしい光景を見せつけられ続けたあまり!辛抱堪らなくなってしまったんだ…!」
 綱吉はまたもや、さっき以上に真っ赤になった。それってもしや――
「たび重なる風紀紊乱にっ、我らの理性が限界値を突破したところで誰が責められる!?」
「風紀委員長が贔屓すべきではありませんっ」
「そうだ!付き合っているわけでもあるまいし!」
「ダメツナが良くて他が駄目だということがあろうかっ?」
 …綱吉の考えていたことだ。
 雲雀恭子とダメツナでは成立しない方程式、出てこない答え。
 思わず振りむいてみた委員長の顔は、だが別の意味でこわばっていた。
「君たちにもそう見えるの」
 ぽかんとした反応に苛立ちまじりに。

「僕とこの子が、付き合ってないって…?」

 綱吉と男子生徒たちはそれぞれちがう理由で呆気に取られた。
 前者は気になるんだ!?と、残りは彼らの正当な評価として。
「当たり前じゃないですか」「なあ?」「有り得ないし」
 目線を混ぜつつ、苦笑いの浮かぶ者までいる。雲雀の肩がぴくりと動く。
「ヒバリさん?」
 小声で綱吉が呼びかけたが反応はない。
 抱き寄せる手を待つような憂い顔、すこし伏せた睫毛に、鼓動がひとつ大きく跳ねた。
 そして、停止している雲雀にまたもや力を得るゾンビたち。
「わ、判ってくれたら」
「オレらの」
「むね……!!!」
 むくつけき男の群れがにじりよる。
 綱吉は、ほとんどが上級生の彼らの視線に体をはって雲雀を隠した。

 隠したかった。

「止めてくださ…や、めろったら!」
 自分でも驚くほど大きな声が出て、雲雀の顔もあがったが、背後にかばって知らぬままに。
「み――みくびんないで下さい。ヒバリさんは、すす好きでもない人にむね…」
 それはただの体の一部ではない。
 柔らかく体温を持つ、深い意味を秘めたものをさす。
 怖じ気たように言葉をきって、しかし言いきった。
「あんな、…触らせたりする人じゃありませんっ」
 眼中になかったダメツナの、強硬な目つきと声の強さに押されてゾンビが立ち止まる。
 そこに力を得て綱吉はさらに叫んだ。
「オレはっ、す、好きな人だったらよけい、気軽になんか触りたくないけど…っ、だからってその人を痴漢に触らせたりも
 しませんよ…!」
「…綱吉」
 つぶやく雲雀の顔をはたっと見やった綱吉は―――

 そこにまぎれもない輝きを認めて、己が口走った言葉の意味と効果に恐れおののいた。

 同時に、とてつもなく困難な道に足を踏み入れる予感もしてしまった。
(あぁあ…。)

 その後は、問答無用にトンファーがうなった…まあ、綱吉が触れるにしろ触れないにしろ、女の乳を揉みたがる輩が
許されるかどうかは無関係なのであたりまえだ。

 今度こそ塵も残さず片づけた(風紀委員が持ってったからだ)雲雀が、蒼褪めている綱吉に向きなおった。
 すっかりいつもの様子である。伸びた背筋は凛として…おかげで強調される豊かな胸。
 思わず目線をそらした耳にしかし、届いたのは。

「悪かったよ」

 …雲雀がいうには驚天動地の一言で、『シェー』ポーズで一時間くらいフリーズできると思った。
「どうしてヒバリさんが謝るんですか」
 『女に恥をかかせるな』家庭教師の声で幻聴が聞こえる気分だったから、綱吉は殊勝に伺った。
 苦手なムネを前に逃げたときに比べれば及第点なのだが、問題は、どんなに殊勝にみえてもしょせん雲雀恭子という
事にあった。
 しおらしげに謝った唇が続けて紡いだのはこんな台詞である。
「君はコドモだ。いきなり充実したセックスライフを仕込むのは性急だったよ」
「ぶーーーーーーっ!!」
 綱吉は全身を朱に染めた。
 セ(いえない)だなんて。だなんて!
「またアンタは堂々とそんなことをっ!!」
「また『女の子が?』 意外と頭も古いしね」
 断じて、ちがうと思う。
 云いたいことはたくさんあるが、口がパクパクするばかりでうまく言葉が出てこない。
 雲雀がそんな綱吉の正面に立った。
「…だから順序を守ってあげる。ほら」
「―――――はい?」
 促すみたいに顎をしゃくられても。
 はてなマークを浮かべて莫迦みたいに立ちんぼの綱吉に、ぴしりと命じる雲雀。

「交際は男のほうから申しこむものでしょ」

 付き合うのは決定なんですか。



 なんて、疑問はとても出せそうになかった。




  終