涙や涎や、口に出すのは御免蒙る粘つきで濡れたシャツに顔を埋めた。
だるい。
厚みのある前身は揺るぎなく綱吉を支えていて、もうこのまま寝ちゃえー、トロトロと瞼を落とす。
「あれ。ヘタっちゃってる。ボス加減忘れたら困んなぁ、まだヤれんの?」
「やらねえでいい」
ぶっとい棒が背を抱えこんだ。
抱きしめられたなどと考えられないのは、その腕の粗雑な力の入れかたと荒さと…強すぎるのだ…
―――閉じていた瞼がばっちりあがる。
「えーそういう料簡?嘘、待ってたのに。混ざれば良かった」
「混ぜるか」
綱吉はがばっと身を起こした。
「ベ、べ、ベ、べル…!?」
「ベが多い」
目と鼻の先で覗きこんでいた自称王子様が(ホントに王族らしいが他にそう呼んでる人間を見たことがない)、唇を尖らせた。
「まさか忘れちゃった?うわー失礼」
「いや覚えてるけども!じゃなくて何でここにっ?」
「ボスのお供」
そりゃごもっともで。
でもなくて。だからつまり。
「………………みみみ見てたんじゃ」
「はん?」
ザンザスが今ごろ何をと言いたげに鼻を鳴らした。
王子はしししといつもと同じ、邪気満載の笑いを洩らした。眼が隠れていても顔の下半分だけで整っているのが予測できる顔は、その笑いで非常に悪魔的になる。
綱吉は苦悩した。
「あぁぁ何かもうスゲエ物語ってる笑顔だよ!」
「初めは寝室のほうにいたけど、ドンが乗っかったあたりから見学~♪」
「めちゃめちゃ初めのほうだからソレ!」
怒らなければ泣いてしまいそうである。
ちなみにヴァリアー再編後のベルはザンザスをボスと変わらぬ呼びかた、綱吉のほうをドンと呼んで分けているらしい。由来、「鈍くさいから」。
「…え」
聞きながした単語をひろう。呆然と名称を噛みしめる。
「しんしつ…?」
「ベッドしかねえけど」
「ベッドが…ある…」
「無くてわざわざ寝室って呼ぶ必要ある?」
「さすが快適空間、て違うっ」
綱吉は、革のシートにふんぞり返る男を睨んだ。涙目。
「ならなんでこんなとこでヤってんだよー!」
見学の隙もなく剥かれた綱吉だった。
もちろん、目が醒めたら機内でした、が始まりだ。
「おまえが最初、帰せ戻せうるさく騒ぐから案内しそびれたんじゃねえか」
「オレのせい!?」
「ゆっとくけど部屋も寝床も一個っきゃないよ。スクアーロが耳栓して寝てる」
「やっぱり良かった寝室に引きずりこまれないで!…?…ス、スクアーロまで連れて来てこんな騒ぎ…」
頭を抱えるのに、王子様はさらに突き落としてくれた。
「ムッツリとマーモンもいるって。操縦席に」
…銀翼の奇術師でもいたのか。体は子供頭脳は大人だからってマーモンをパイロット席に置いてどうするんだろう。
疑問はさておき綱吉は真っ白になった。お子様にあんな声やこんな声を聴かれてしまった――?
「そ、操縦席の壁って厚い?」
「んー」
ベルフェゴールは顎に手をあて思案した。
「今から篭って試してみる?」
「やるなっつってんだろうが」
ドスのきいた声におさない声がかぶった。
「どうせ時間ないよ」
「おお、やっと着くぜぇ」
それぞれ前後の扉から二つの姿が入る。
寝乱れたのやら、寝られず掻き毟ったやら、いつもより乱れ髪のスクアーロが綱吉をぎんっと睨んだ。…オレだって被害者だ。
「マ、」
増えた顔に口をパクパクさせ、視線を定めた綱吉にマーモンがああ、と顎を引いた。
「ばっちり記憶したさ」
「ぎゃーーーーーー!!」
すぐ側で叫ばれたザンザスがうるせえなと呟いたがもちろん無視だ。
マーモンはこころなしか嬉しそうだった。
「君の周りの連中にいい商売が出来そうだ」
「………どういう意味?」
「幻覚の材料にしたら、一分いくら払ってくれるかな」
「肖像権を主張するうぅっっっ!!!」
景色を見るまでもなく、空気が外国だった。
「ていうかイタリア…ホントに来ちゃったイタリア…」
殺風景な飛行場に降ろされて、綱吉は虚ろにくりかえした。
はは…と乾いた笑いを洩らす。それ以外に何ができる。
リボーンに強いられてこの地を踏む未来の自分を想像したことは何度かあったがまさか、他にもこんな仕打ちをしてくれる奴がいるなんて。しかも、
「まさかあんなことをしながら入国するなんて…!」
身悶えしながらイタリア外国異国の地、とぶつぶつ呟く綱吉を見下ろし、ザンザスが云った。
「嫌なのか」
さぞかし凄んで睨んでいるだろうと思いきや。
恐い顔なりに困惑の色がほの見えて、綱吉はあぜんとした。
しかるのち、ムカっ腹をたてた。
どうしてそういうこと前もって訊けないのかな…!
体育が水泳のその朝に水着が必要だと報告する小学生かアンタは!
「嫌に決まってるだろー!」
ガオウと吼えて、主張するように綱吉はこぶしで宙を突いた。
「こんな連中の面倒、この先ずっと見てくんだと思ったら絶望だよ」
胸の前に突き出されたこぶしを眺めてから、ザンザスは無言で歩きだした。
断りもせず綱吉の肩を抱えて。
必然的に綱吉も促される。だがその腕。
ああ、このほうが、抱きしめるにちょっと近い。
フォローのつもりの背景描写が一番長いあたり、かんのうしょうせつへの修行不足を思うわけでして。。