▽たしか標的92が元だと。  霧が骸さんじゃなかった場合に平静を保つ為のネタでした。






 重厚な扉の中に踏み入る。
 昼だというのに長細い部屋は暗く、天井も高かった。
 全体を見渡すことが出来ないが奥に机と、こちらに背を向けた背の高い椅子がある。求める人物はそこにいるのだろう。

 綱吉は、九代目の顔も本名も知らない。人となりも。
 けれどリボーンが憂い、家光が嘆いていた。根っから非道な人物のはずがない。
 そう自分を叱咤して足を踏み出して。
 かちゃりと軽い音は、静かな空間に大きく聞こえた。

 鍵のかかる音だった。

 はっと振りむいた綱吉が立ちすくむ。
 知ってはいるが有り得ぬ人影。
 すこし神経質そうな細い顎、寡黙に結ばれた唇。鋭いというよりただ冷たい眼差しが、眼鏡の下でこちらを見ている。

「え――」
「ようこそ」
 老人にしては若すぎる声が、目指していた奥から掛かった。

 こちらも知っている。
 もの柔らかな。
 優しい、甘い声―――

「なん、で…」
「機会をあげたのに」

 椅子の影から、ゆっくりと彼は立ち上がった。
 夕闇の藍と陽の断末魔の赤を瞳にして、世界の終わりを謳う人物。
 端整な顔立ちも特殊な髪の色も、特徴のすべてがその双眸の前に隠れてしまう。

「またお会いしましたね、ボンゴレ」
「六道――骸」


 唇から名がこぼれ出た。
 ほぼ無意識の呼びかけに、骸は親しげな微笑みでこたえた。
「お礼を言うべきですかね。君が倒してくれたから、逆にボンゴレ内部に潜入れたんだって」
 一歩一歩。
 話しながら、立ちすくむ綱吉に近づく。確実に。
 働かない頭で綱吉も理解する。事の真相、隠された謀を。ならば既に九代目の意思は。
「あの命令…おまえがっ。ボンゴレのみんなを嵌めてっ?!」
「そうですよ」
 骸はあっさり頷いた。
「…機会をあげたのにね。綱吉くん」
 先ほど云ったことを繰り返す。
「らしくない仏心を出して――でも間違ってました。結局ここに君は来たから」
「ほとけ…ごころ?」
 動けぬ綱吉に一歩の距離で立ち止まる。
 慇懃無礼な笑みも仕草も記憶と変わらなかったが、学生服でない、漆黒のスーツ姿でさらに大人びて見える。
「君が厭がる君のさだめを、肩代わりする者が現れたのに。どうして跡目を辞退しなかったんです?」

 炯々と光る眸が、綱吉を呪縛して放さない。
 伸ばされた手が頤を持ちあげても、綱吉は骸から逃げられなかった。

「よけいな時間を取ったけれど、十代目。君が十代目だ。戦ってまで手に入れた立場です。―――君が 僕の生贄だ」