きみとあなたとおれとぼく こぼれSS
 (出来れば本誌を先にご覧ください。)




 
風紀委員長は滅多に人を呼びつけない。
 呼ぶという行為は同意を伴い、彼の人はそれを必要としないのだからして。
 君臨そのものが統治たる雲雀恭弥は同意に基づく指示はせず、ただ命ずるのみである。
 そして、呼ばれてから参じるようでは風紀副委員長は勤まらない。ゆえに草壁は雲雀が用事を言いつけるタイミングには自発的に彼の前にいる。
 ところがそのときは色々と違いがあって、まず雲雀から連絡が入った。携帯にちょっと、と一言だけ。
 顎を振って呼ぶというより後が続かない雰囲気で、憚りながらも言い淀むと評するに値したと思った。
 違いのその二としては、今このとき密かに委員長が関心を寄せている沢田綱吉が呼びつけられていることを草壁は知っていた。密かに、は委員長でも関心を寄せているでも知っていたでも、どれに係ってもよろしい。
 滅多、に含まれる沢田という存在が在室しているだろう時、あまり無い事をされるのは不可思議な符丁な気がした。すぐさま主の城たる応接室に出向いた草壁が見たのは、果たして目を剥く事態であった。
 入室を問い、返事があるまでやや間があき。許しを得て入った室内では件の沢田綱吉が服を乱してソファの上で昏倒していた。不自然なくらい紅潮した顔と、目許に涙の跡がある。
「―動かなくなった」
 と、雲雀が云った。同じように、常にかっちりと整えたシャツの襟をよれさせた委員長は気だるげに前髪を掻きあげる。草壁へは顔を向けずに、少年の傍らで稚さの残る頬を見下ろしていた。
「これだけで動かなくなるなんて、思わなかった」
「恭さん…!」
 草壁は蒼くなってわなわな身を震わせた。学校ではしないようにしていた呼び名が口をつく。
「ついに沢田綱吉に手を…!?」
「ついに?」
 雲雀が振り向く。
「……いえ」
 は、と我に返って口をつぐむが、通じる相手ではなかった。
「いつかはしそうだったって意味だよね。そう見えてたってこと?」
「…それは、失礼、言葉の綾でした」
「どっち」
 放射される詰問の気が肌を焼く。草壁は苦悶の表情で肯いた。
 さぞ怒り、鉄槌が下るだろうと思ったが、雲雀は眼前でシャボン玉が弾けたような顔をした。
「…そう」
 何かを探るような色を宿した眼差しは沢田の上に戻り、それが理解と納得の形に落ち着いてゆくのを混乱しつつ草壁は見ていた。この人は自分がどんな眸で沢田綱吉を見、どんな風に顔つきを輝かせるか知らなかったのだ。だから今さらそんな表情をするのだ。
「ふうん。だからか」
 声音がどこか物騒な熱を帯びた気がした草壁が焦りを覚える。何というか……沢田が頭から丸呑みにされるような、そんな恐れを感じた。
 だが気配はたちまち消えていった。「でも、これだけで動かなくなったし」ぶつぶつ呟いていた雲雀は、そのうちここが応接室で目の前に草壁が存在することも思い出したようである。そんな、雲雀にしてみれば迂闊な態度もまた大変珍しい。
「こんなわいせつ物ジロジロ見るんじゃないよ」
 沢田の襟もとを掻きあわせながら睨めつけてくる雲雀に、この先も珍しい事と書いて珍事を目撃していくことになりそうだ、と思う草壁だった。




    お読みいただきありがとうございましたw