Be My Valentine?(むくつな)


放っておくと何ヶ月も音信不通だ。
それがどうというわけじゃない。いやどうという訳があるからなんだろうけれど。 それでも文句を付けるつもりがあるとかそんなのじゃなくて、つまり。
ボンゴレ十代目は洒落たラッピングを睨みつけてずっと微動だにしない。
落ち着いた紅地に幾何学模様、掛けられたチョコレート色のリボン。中味もそうだ――チョコレート。
好みがうるさそうだと、適当な代物には嫌味を云われると、ついつい真剣に吟味した一品である。
彼の感覚では大枚もはたいた。たかが菓子とはいえない値段だった。 口実のため買っただけなのに。
きっともう、目の前に姿を現す気がない。別れるときそう感じることがある。
生まれつきの能力ゆえかそれ以外かただの勘違いか。明らかではない。
ただ、綱吉は約束をする。骸と。
七夕だから、花火だから、十五夜だから、クリスマスだから、その日には絶対に来いと云う。 じつはイベントごとが嫌いではないと知ったからだと思う。
頬を歪め、眉を寄せて、皮肉をこぼして、それでも骸が現れたからだと思う。
強制力は無い。あの男の心ひとつでどうにでもなる。
本日、指定したこの日は、苦し紛れのバレンタインだった。
オレは莫迦やってるんじゃないか、綱吉は憮然と時計に目をうつす。 年代物の柱時計の針はもうすぐ重なるだろう。深夜、十二時、十分前。
2月14日が終わる。故国であればもう終わってる。
イタリアと日本は8時間の時差だ。だから約束を交わした土地ならもう破られたことに――
大きくため息をついた。それこそ莫迦な考えを追い出す。
相手に約束したつもりがあるとは思えず、ここも日本ではない。テーブルの上の包みを取って立ちあがる。
引き出しにでもしまったらシャワーを浴びて着替えてやすもう。
「悩み事ですか?」
寝る気になったところで現れる、そういう奴である。間が悪いのではない。性格が悪い。
なるべくゆっくり振り向いた窓際、入ってきた骸が閉じるところで。
「鍵もかけずに。隙だらけで」
「開けといたんだ。あんまりまともに入ってこないだろ」
「ご親切に」
鼻を鳴らして言う態度に、感謝など一片も存在しない。嫌味なほど悠然と厚い絨毯の上を近づいてくる。
「…遅刻だぞ」
「時間指定は受けてません。それに」
続きは綱吉の予想範囲内だ。
「来る義理は無いんですよ」
台詞の前に逡巡があったのは錯覚ではなかったらしい。シニカルな笑みをふと消して、 立ち止まった骸が何かを放った。じゃあ何で来るんだと訊かれる間合いを外すように。
「わ、っと」
短く弧を描いた小ぶりの袋をキャッチする。しっとりした紺にシャンパンゴールドのリボンのラッピング。
「まさか、チョコじゃ…」
「子供ではあるまいし。こんな物を幾つも欲しがる君に付き合わされるのは迷惑です」
冷たく嘯いた骸が今にも踵を返しそうだった。いくぶん唖然としていた綱吉は慌てて止める。
「違うよ骸。貰いたくてバレンタインじゃなくて、オレは、オレも。渡すつもりで」
持ったままだった『口実』がある。綱吉の示したそれを眺めて、しばらく骸は動かなかった。 彼はそれも誰かが綱吉に送った物だと思っていた。
やがてクっと顎を引くと、苛立たしげに一歩狭める。
「よこしなさい。僕が渡した物もです」
「え――ヤだよ」
紺の袋を抱きこんで綱吉はそのぶん下がる。
「君が渡すつもりだったんでしょう!」
「もう貰ったもん。オレに渡すつもりだったんだろっ?」
「手違いです。僕が処理する」
「食べ物を捨てたら罰が当たるぞ」
「捨てるとは云ってない。食べますよ」
「鼻血出るぞ。そんなに食うほど好きなのかよ」
「好きですとも」
「うそ、知らない」
「君に教えてどうなるんです」
この間、進んでは避ける、行手を塞いでは下がるのプチ鬼ごっこ状態だったのだが、そこで初めて綱吉が止まる。
「他には?どんな食べ物が好きなんだ?」
正面から訊ねる綱吉を骸は鼻白んだ目つきで見おろした。額を押さえるように前髪を掻きあげて息をつく。
「そんな話がしたくて呼んだんですか」
綱吉はうん、と頷いて、
「ううん」
「――どっちですか」
そんな話もしたい。しなくても良い。骸だって答えずとも判っているだろう。
「こうしよう。いま開ける」
だから綱吉は、代わりに貰った袋を掲げる。
「お茶淹れるから。食べてかない?」

次の約束は、ホワイトデーに出来そうだった。